2011年11月27日日曜日

現代に生きる原住民のポンコツ経済学講座


問題 人間にとって本当の富とはなんでしょうか?











*基本的に、商売上の等価交換は成立している*

 ⇒市場競争をしているから。アル長が仕事してないから。



*閉鎖された空間ではパイの大きさは変わらない*

 ⇒有限のプレイヤーが市場で妥当な交換を繰り返しているから。

 ⇒パイよりもお米がおいしいから。







*新しい価値(富)は人間からしか生まれない*

*炊飯器は幸せの象徴*







以上のことを踏まえて、表題に答えると。





正解は、人間関係でした。



人間関係、工場とあなたの関係が富を生み出す源泉。

言い換えると、富そのものです。



3合炊きできる炊飯器よりも5合炊きできる炊飯器の方が素晴らしいに決まっている!





モノは価値を生み出しません。

人間だけが価値を生み出します。



モノは、ほめても、おだてても、しかっても、ひっぱたいてもモノにしか過ぎません。



ですが、



ヒトは、ほめるか、おだてるか、しかるか、ひっぱたくとよく働きます。



働く人間だけが富を生み出します。

働く人間だけが、ふっくらしたおいしいお米を食べることができます。



働く人間だけが、なんと、フリカケご飯を食べられます。

働く人間だけが、なんと、キムチご飯を食べられます。



働く人間だけが、ななななななんとご飯を3合食べられます。



もっと働けば、5合炊きできる炊飯器を買えます!







人間を雇い、労働させ、搾取することができれば新しい富は生みだされます。



もっとご飯が食べたければ、この回転の規模と効率を向上させればいいのです。













もっと、工場の規模を大きくして、たくさんの労働者を雇えばいいのです。



もっと、労働時間自体を延長して、1日に同じ賃金で働かせればいいのです。



もっと、労働者の労働力の再生産に必要な経費を少なくすればいいのです。











労働者から搾取したお金を貯めて、もっと大きな工場を作ればいいんだ。

そうすれば、同じことを繰り返すだけで、マイコンタイプの炊飯器だけでなく、IH式の炊飯器が買える!





賃金を据え置きで労働時間自体を延長すれば、今まで以上の高比率で搾取できるんだ。

そうすれば、蒸気レス炊飯器で今まで以上にお米のうまみを味わえる!





労働者に支払う賃金、言い換えれば明日も同じように働くのに必要な費用自体が安くなればいいんだ。

そうすれば、超音波炊き炊飯器で今までよりも短時間でおいしくお米が食えるぞ!





お米があれば、明日も生きていける!





人間様万歳だ!



人間関係は大事だ!























説明がわかりにくいな

現代に生きる原住民のポンコツ経済学講座


問題 人間にとって本当の富とはなんでしょうか?





*基本的に、商売上の等価交換は成立している*

 ⇒市場競争をしているから。アル長が仕事してないから。



*閉鎖された空間ではパイの大きさは変わらない*

 ⇒有限のプレイヤーが市場で妥当な交換を繰り返しているから。

 ⇒パイよりもお米がおいしいから。







*新しい価値(富)は人間からしか生まれない*

*炊飯器は幸せの象徴*















それは、テメーが搾取されてるからだ!



 市場を経ての交換は価値(富)を産みません。

ただ、ふっくらしたおいしいご飯が炊飯器によって生み出されるだけです。





Q なんで同じことを繰り返しているのか?

Q なんで会社にいくのがしんどいのか?



A お米が食べたいから。

A お米をずっと食べていたいから。

 実は嘘です。

等価交換は嘘です。

あなたと工場の関係は不純です。



工場であなたが1日あたり10時間働いてもらう賃金の1000円は嘘です。

いや、確かに1000円自体は本当ですが、実際にはあなたは1000円以上のモノを10時間掛けて生産しています。



実際には、例えば、1100円分のモノを作っています。

作らされています。



確かに、あなたは、1000円であなたの生活を再生産できます。

1000円でお米を3合バカみたいに買って、食います。

それで満足です。



で、工場は、本当はあなたが10時間掛けて作った1100円分を、あなたから引き取り、1000円をあなたに支払います。



『お疲れ様です。明日もよろしくお願いします』



で、工場は市場競争を頑張ってライバルにも負けず、1050円で売れたとします。

工場は50円の得をします。

でも、説明がめんどくさいので、ここでの利益は無視します。

工場はチロルチョコを買います。

まいう~。これでお終いです。



あなたは、1000円で毎日の生活を再生産します。

工場は1日につき、あなたから100円を得します。





あなたは、搾取されています。











以下、原住民式の計算式。



A:あなたの10時間の労働の結果は1100円

B:あなたの10時間の労働の結果、に支払われる賃金は1000円



A-B=100円



この100円はあなたを雇ってる工場のモノでーす。





*Bの1000円は、あなたが、今日と明日を昨日と一昨日と同じように生きていくのに必要なお金。



**Bの1000円は、あなたが、今日と明日、工場に通勤して昨日と一昨日と同じように労働する為に必要な経費。



***Bの1000円は、あなたの昨日と一昨日の労働で失われた労働力を再生産して、今日と明日も同じように工場に出勤し労働するのに必要な経費。



あなたは、1000円で受電と消費を繰り返している乾電池でーす。



あなたは、自分で、今日と明日生きていくのに必要な価値以上を生産しているが、今日と明日生きていくのに必要な価値しか受け取っていない。



謎が解けました。

実は、価値は、あなたがちゃんと生み出していました。

あなたが受け取れていないだけです。



工場でつくったモノは市場で競争にさらされて、一体いくらで売れるのか未知数です。ライバル工場がどんな勝負を仕掛けてくるかわかりません。



消費者が本当に欲しがっているか?

言い値で売れるか?



工場の不安は尽きません。



売れなかったら赤字です。





そこで、気づいた工場はあなたに妥当ではない嘘の取引をしているのです。

あなたが、1000円分のお米3合で満足しているバカ原住民なので、1100円の価値のある商品を作らせても1000円しかあなたに支払いません。



市場で、ライバル工場と競争して売れるかどうかわからない勝負を仕掛けるよりも確実で安全です。



黙っていても、あなたはお米3合食いたさに、言いつけ通り、9時から19時まで頑張って働きます。



だって、今日も明日もお米が食べたいもん。

だって、今度は一度にご飯を5合炊ける炊飯器が買いたいもん。









市場の競争で、1000であなたから手に入れた商品が、いくらで売れようとそれは第2段階です。第1段階であなたから100円を奪ってますから。



第2段階で、市場競争を経てある程度妥当な値段に落ち着いて、得られる利益よりも、第1段階であなたから奪った価値のほうが比率が断然にいいのです。



ですので、市場での価格競争は、ライバル工場より安く売ってもうけるという意味合いよりも(競争の結果、限りなく妥当な値段に落ち着くから)、競争相手を自分のステージから退散させて、自分のフィールドを守り、あわよくば相手のフィールドを奪い自分のフィールドを拡張しようとする行為です。



あなたの工場が何を作っているにしろ、世間の需要の総数は結果的にみるとそんなに増減しません(増減するチャンスが何かしらあれば、それは逆に大きなビジネスチャンスです)。



モノの出口(買い手)はそんなに、変化せず限られています。出口が限られているのであれば、作ったものを売ってわずかでももうけるためには、同じことをしている供給者(同業他社)を減らすのが一番です。













ここで、工場はあなたが働くのに必要な工具と原材料を買って用意しているという前提がありますが、それは、先に述べた市場の価格競争により、ほぼ、妥当な値段で等価交換といえます。



つまり、同じ価値のモノを交換しただけです。



網戸を作る工作機械と網戸の原材料を、いくらかの妥当な値段で購入して、それをあなたに工作(労働)させて、網戸に仕上げているだけです。





A:網戸の工作機械

B:網戸の原材料



A+B=完成した商品の網戸



つまり、労働としてはあなたが工作機械を使って原材料を加工して、みんなが欲しがる網戸に仕上げることで商品ができあがりますが、モノ的には上記の計算式のように単純に1+1が2になるように当然の結果が導かれます。



上記の計算式では左辺と右辺は等価で、なにも新しい価値は生まれていません。



工場は、あなたを働かせて、別になにも新しいことはさせていません。

まさしくモノを右から左に動かして、くっつけて、引っぺがしてるだけです。



モノはくっつけてもひっぺがしても価値を生み出しませんが、ヒトは働かせれば新しい価値を生みます。



工場の最初の前提である、工作機械と原材料は等価交換なので、なにも新しい価値は生みません。



なので、工場の損得勘定としては、±0円です。工場はそれで満足しているので文句ありません。



工場はここから、商品を作ります。

あなたに1000円支払って1000円以上の価値の労働を要求します。



ここでは、等価交換は行われていません。







人間だけが新しい価値を生み出します。

お米と炊飯器だけが喜びです。

あなたは搾取されています。この先もずっと。

搾取できないと工場はあなたを雇うメリットがないからです。

あなたは工場で働く以外の選択肢もあるかもしれませんが、それは非常に危険です。



別の職場を探しても、前の工場よりいい条件で働けるとは限りませんし、他の労働者があなたと同じよう新しい仕事を探しているとしたら、あなたと他の労働者は賃金の安売り競争にさらされます。



無職よりは、賃金900円で働きたいけど、あいつが850円で働くって言ってるから、無職になるよりは800円で働こうかな・・・5合炊きができる炊飯器がほしいし。



となります。



しかし、新しい工場でもあなたに支払われる賃金以上の価値の生産を求められます。





人間だけが、新しい価値を生み出します。










現代に生きる原住民のポンコツ経済学講座


問題 人間にとって本当の富とはなんでしょうか?











*基本的に、商売上の等価交換は成立している*

*閉鎖された空間ではパイの大きさは変わらない*



あなたの手元に1000円あったとします。それはあなたの富です。

これで、冬物のフリースを買うことも、お米を買うこともできます。

この1000円はあなたが、昨日、勤務先の工場で、朝9時から夜の19時まで10時間働いて稼いだ1000円です。



あなたは、これで、とりあえず、今日と明日も生きていくことができます。



ご飯を3合食べて満足です。



ここで、工場勤務のあなたは工場から10時間の労働と引き換えに1000円もらっています。



工場とあなたの交換関係はこうです。



工場の生産物(あなたの10時間分の工場労働の結果)
あなたの賃金1000円(今日と明日生活するのに必要なお金)



これは、自由な個人の間で互いに納得した上で結ばれる関係です。



工場はあなたが10時間働いて作った製品を売っています。

その時、1000円で作ったものですが、1100円で売ります。

そして、100円得をします。



しかし、あなたが務める工場以外の工場が、この秘密に気づき、1050円で売り始めたとします。



きっと、お客さんは同じ製品なら1050円のモノを買うでしょう。

あなたの務める工場は焦ります。



ここで、値下げ合戦が始まります。

お互いの工場が限界まで値下げ合戦を繰り広げます。

どっちかの工場が潰れるまで続きます。



その間、あなたは

米を3合食ってなさいバカは。

スコッチでもバーボンでもテキーラでもなんでも飲んでなさい。

そして、ymbのCDでも聞いてなさい。



この競争は制限があります。潰れる一歩手前で競争は止まります。



工場でつくって売る商品の値段が1000円以下になると、工場は損をするので1000円より上の値段でしか販売しません。



ライバルの工場との値下げ合戦は、製品の市場価値とそれを生産するのに必要な経費(あなたの10時間勤務の1000円)の間でのみ行われます。



こうして、競争が続く限り、あら不思議、工場で作られる製品は限りなく、生産するのに必要な経費そのもの(この場合、1000円)に近づいていきます。



経済競争が続く限り、他人をだまして、安いものを高く売るのは基本的に不可能(と言ってもいいほど効率的ではない)です。



交換は経済競走上、基本的には正しく行われています。



あなたを含む社会では、基本的に等価交換が行われています。

1000円で購入するお米3合も、お米3合を生産して、市場の経済競争を経て妥当である程度正当な値段とされています。





つまり、経済競争を経てついた値段のモノの交換(購入)では価値が生まれません。



社会を想像してみてください。

いろんな、商品が売り買いされて、いろんなサービスが提供されていますが、基本的には等価交換です。



では、なんで一見すると同じ行為を繰り返しているのか?



殆ど1:1の交換を繰り返しているのか?

もちろん、1000円で、お米を買うのと、冬物のフリースを買うのは消費者にとってその交換物の使用用途は全然別物です。ですが、1000円と何かの交換に満足しているということに変わりはありません。



人間、一生、今日と明日が1000円で生活できれば苦労はしません。

もっと、豊かに、便利に、楽しく愉快に生活したいと思うでしょう。

それは、通常です。特に問題ありません。



しかし、この社会(どこからどこまでを含んでも同じことです。自分の住んでる街や県や地方まで含んでも、地平線の彼方まで含んでも同じです)は閉じられています。有限です。



相手をだまして安く手に入れたモノを高く売るという手っ取り早い商売は、経済競争を行っている以上不可能です。



つまり、プレイヤーが限られた空間で同じことを繰り返しているからです。



じゃあ、この閉じられた世界は、モノを右から左に転がして、同じような価値のモノを交換して、その使用価値を楽しんでいてハッピーなはずですよね?それで、少なくとも、今日と明日を、昨日と一昨日と同じように生きていけるんですから。



めんどくさいんで、将来に対する不安から貯金するとか保険に加入するとかそういうことは忘れなさい。



原住民はお米3合食って、ドンキかハナマサの安酒でもかっくらってなさい。

別に、話を少し複雑にして、貯金や保険を加味しても本質的には同じです。

あなたが、自分の労働とそこから得られる賃金(と、それを元手に社会で交換して得られる物質による生活に満足している以上、同じです。



閉じられた有限の社会の中で生きている以上同じことです。比率と数字と中身が変化しても本質的には同じです。生かされています。



では、なんで同じことを繰り返しているのか?

なんで、会社に行くのがしんどいのか?



会社の隣の席の人が足が臭いから、アル長が仕事をさっぱりしないから、とかそういうのはあなた個人の問題なのでここでは無視します。





繰り返し述べます、

では、なんで同じことを繰り返しているのか?

なんで、会社に行くのがしんどいのか?

















それは、テメーが搾取されてるからだ!