2011年11月27日日曜日

現代に生きる原住民のポンコツ経済学講座


問題 人間にとって本当の富とはなんでしょうか?











*基本的に、商売上の等価交換は成立している*

*閉鎖された空間ではパイの大きさは変わらない*



あなたの手元に1000円あったとします。それはあなたの富です。

これで、冬物のフリースを買うことも、お米を買うこともできます。

この1000円はあなたが、昨日、勤務先の工場で、朝9時から夜の19時まで10時間働いて稼いだ1000円です。



あなたは、これで、とりあえず、今日と明日も生きていくことができます。



ご飯を3合食べて満足です。



ここで、工場勤務のあなたは工場から10時間の労働と引き換えに1000円もらっています。



工場とあなたの交換関係はこうです。



工場の生産物(あなたの10時間分の工場労働の結果)
あなたの賃金1000円(今日と明日生活するのに必要なお金)



これは、自由な個人の間で互いに納得した上で結ばれる関係です。



工場はあなたが10時間働いて作った製品を売っています。

その時、1000円で作ったものですが、1100円で売ります。

そして、100円得をします。



しかし、あなたが務める工場以外の工場が、この秘密に気づき、1050円で売り始めたとします。



きっと、お客さんは同じ製品なら1050円のモノを買うでしょう。

あなたの務める工場は焦ります。



ここで、値下げ合戦が始まります。

お互いの工場が限界まで値下げ合戦を繰り広げます。

どっちかの工場が潰れるまで続きます。



その間、あなたは

米を3合食ってなさいバカは。

スコッチでもバーボンでもテキーラでもなんでも飲んでなさい。

そして、ymbのCDでも聞いてなさい。



この競争は制限があります。潰れる一歩手前で競争は止まります。



工場でつくって売る商品の値段が1000円以下になると、工場は損をするので1000円より上の値段でしか販売しません。



ライバルの工場との値下げ合戦は、製品の市場価値とそれを生産するのに必要な経費(あなたの10時間勤務の1000円)の間でのみ行われます。



こうして、競争が続く限り、あら不思議、工場で作られる製品は限りなく、生産するのに必要な経費そのもの(この場合、1000円)に近づいていきます。



経済競争が続く限り、他人をだまして、安いものを高く売るのは基本的に不可能(と言ってもいいほど効率的ではない)です。



交換は経済競走上、基本的には正しく行われています。



あなたを含む社会では、基本的に等価交換が行われています。

1000円で購入するお米3合も、お米3合を生産して、市場の経済競争を経て妥当である程度正当な値段とされています。





つまり、経済競争を経てついた値段のモノの交換(購入)では価値が生まれません。



社会を想像してみてください。

いろんな、商品が売り買いされて、いろんなサービスが提供されていますが、基本的には等価交換です。



では、なんで一見すると同じ行為を繰り返しているのか?



殆ど1:1の交換を繰り返しているのか?

もちろん、1000円で、お米を買うのと、冬物のフリースを買うのは消費者にとってその交換物の使用用途は全然別物です。ですが、1000円と何かの交換に満足しているということに変わりはありません。



人間、一生、今日と明日が1000円で生活できれば苦労はしません。

もっと、豊かに、便利に、楽しく愉快に生活したいと思うでしょう。

それは、通常です。特に問題ありません。



しかし、この社会(どこからどこまでを含んでも同じことです。自分の住んでる街や県や地方まで含んでも、地平線の彼方まで含んでも同じです)は閉じられています。有限です。



相手をだまして安く手に入れたモノを高く売るという手っ取り早い商売は、経済競争を行っている以上不可能です。



つまり、プレイヤーが限られた空間で同じことを繰り返しているからです。



じゃあ、この閉じられた世界は、モノを右から左に転がして、同じような価値のモノを交換して、その使用価値を楽しんでいてハッピーなはずですよね?それで、少なくとも、今日と明日を、昨日と一昨日と同じように生きていけるんですから。



めんどくさいんで、将来に対する不安から貯金するとか保険に加入するとかそういうことは忘れなさい。



原住民はお米3合食って、ドンキかハナマサの安酒でもかっくらってなさい。

別に、話を少し複雑にして、貯金や保険を加味しても本質的には同じです。

あなたが、自分の労働とそこから得られる賃金(と、それを元手に社会で交換して得られる物質による生活に満足している以上、同じです。



閉じられた有限の社会の中で生きている以上同じことです。比率と数字と中身が変化しても本質的には同じです。生かされています。



では、なんで同じことを繰り返しているのか?

なんで、会社に行くのがしんどいのか?



会社の隣の席の人が足が臭いから、アル長が仕事をさっぱりしないから、とかそういうのはあなた個人の問題なのでここでは無視します。





繰り返し述べます、

では、なんで同じことを繰り返しているのか?

なんで、会社に行くのがしんどいのか?

















それは、テメーが搾取されてるからだ!


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